【わかりやすいアフガニスタンと世界情勢に共通する人間関係の見解】

 

今回は仕事でもプライベートでも真剣に取り組んでるがゆえの複雑な人間関係について自分で整理したことを記事にしてみようと思います。

最近のアフガニスタンをタリバンが掌握したニュースが多いですよね。

米軍が撤退してすぐに機を伺っていたタリバンがアフガニスタン政府軍を負かしてしまうというスピードに世界中が驚いていました。

日本政府も含め各国が撤退する中、空港で爆破テロが起きて米軍が死傷するという事態になりました。

こういったことを予想できなかった各国政府側の当局ととるのか、予想させなかったタリバンが一枚上手だったととるのか難しいところですが9.11のテロから20年の節目でまた今後不安定な状態が続きそうです。

2001年の同時多発テロから20年と聞いてかなり驚いている自分がいます。20年ってこんなに早かったかと、次の20年で自分はどんな外見も中身もどんな風になっているんだろうと色々考えを巡らせてしまいます。

 

大きなニュースになっている割にいまいちどうしてそんなことになっているのかイメージがわかないことが多かった当時に比べて今は自分の人生経験と照らし合わせて、その複雑でややこしい状況がかなりクリアになるようになりました。

色々なメディアで多くの情報がありますがまずアフガニスタンの場所です。

 

シリア、イラク、イラン、パキスタン、パキスタンなどイメージとしては危なそうというエリアの間にあるアフガニスタン。

宗教、歴史、経済、価値観など本当に沢山の事柄が交わってカオスなようなイメージですができる限り整理します。

まず、現在北朝鮮と韓国が同じ民族、同じ言葉を話すのに国として別れているのは両国の昔のボスが為政者となろうとした争いが発端なわけですが第二次世界大戦後の米ソ冷戦の関係で北朝鮮側にソ連、韓国側にアメリカがついて今の形にお落ち着いています。

ベトナム戦争も北ベトナムと南ベトナムの内戦から米ソ冷戦(資本主義対共産主義)という構図では同じです。(基本的にアメリカが負けました)

アフガニスタンもその感じに似ていて1970年代にソ連の共産主義を真似ようとした人たちが動きましたがそれを阻止しようとしたアメリカがとなりのパキスタンに武器を援助して共産主義派対イスラム教派の構図ができあがります。

なぜパキスタンに武器を援助したかというとベトナム戦争パキスタンは厳格なイスラム教の国でインドと揉めて元々一緒だったのに別れた歴史があります。

パキスタンは厳格なイスラム教を教育する神学校をアフガニスタン中に作りまくり、タリバン(学生)を育てまくります。そのなかにビンラディンとアフガニスタンのボスが一緒に共産主義と戦うことになります。

このときに後の9.11のテロを起こすビンラディンサウジアラビア王家の大金持ちのお坊ちゃんだったのですがはアメリカに応援されてソ連と戦い、見事勝利してソ連は撤退、ソ連はその影響も大きく受けて崩壊します。

これでアフガニスタンがイスラム教を中心とするか資本主義を中心とするかなど国家として落ち着いてくれればよかったのですが、宗教の派閥の争いが絶えず不安定なままでした。

中東は石油が多く産出されるので、世界経済の発展には欠かせない国々なのでどうしても欧米、東南アジアの国々としては安定した石油の確保のためになにかと介入せざるを得ない状況でした。

そこで、世界にもっと高い値段で売りたいイラクが周辺国に価格を一緒に上げようという独占禁止法(価格カルテル)が適用されるなら完全アウトな行為に走ります。それを拒否した隣のクウェートがイラクに侵攻されるのが湾岸戦争です。

これを無視できないのが日本を含めた先進国達です。なぜなら自分たちの国の経済がストップする危険があるから。

そこで、世界の覇権国であるアメリカが自国の利益と安定、世界経済の安定を大義名分としてイラク、クウェートと隣り合わせているサウジアラビアに米軍の駐留を”提案”します。

サウジアラビア王家は核兵器、化学兵器、細菌兵器など(実際にあったかどうかは諸説あり)とにかく何をするかわからない隣国を大人しくさせたい思惑とアメリカの石油を守りたい思惑が一致して駐留することになります。

ここで事が収まればよかったのですが、ここでサウジアラビア王の50人以上いる兄弟の一人であったビンラディンが宗教上、愛国心の価値観から自分達で自分達の国を守るべきと考える猛反対した結果、まさかの母国であるサウジアラビアから追放され、流れ着いたスーダンでもアメリカ政府の圧力の関係で追放され、昔の戦友がたくさんいる地アフガニスタンに流れつきます。

ここでビンラディンの反米感情は最高潮に達し、テロを起こしまくるわけですが9.11のテロの後、ビンラディンを捉えたいアメリカはアフガニスタンに引き渡しを要求しますが昔からの戦友を渡せないアフガニスタンはそれを拒否。

アメリカはアフガニスタンを同罪とみなして軍を派遣し、2ヶ月程度でタリバンは崩壊、さらに勝手にアフガニスタン国内でビンラディンを探し出し殺害します。

アメリカのシェール革命や環境保全の観点から徐々に中東の石油の重要性が薄れてきたり、自国のみならず世界を守るためにという大義名分で自国の兵士を犠牲にしてきたアメリカは世界の警察ではないという考え方に変わり撤退の決断をしました。

20年間で約200兆円ともいわれる国家予算を注ぎ込んで一応の責任をとるという形でアフガニスタン政府を応援しますが、いつかは米軍がいなくなることを見越したタリバンは息を潜めながら、アヘンを売りながら資金の確保と人材教育を20年間徹底して、米軍の撤退とともに掌握してしまいます。

20年間の200兆円は賄賂や汚職に使われ、アフガニスタン軍や政府はアメリカに依存し続けていたために全く力が養われずあっという間に崩壊しました。

今後、タリバンが中心となったアフガニスタンがどうなるかは未知数で、中国が擦り寄っていたりするので米ソ対立から今は米中対立の影響もあり世界が注目しています。

 

 

 

ここまでが可能な限りシンプルにした概要ですがそれでもなかなかの複雑さです、、

 

 

明治維新の際にもっていた新撰組や幕府軍の考え方、価値観、思想とがビンラディンの思想とを比較してみると似ている気もします。

自分たちの国の文化、歴史、民族を外敵から守りたいという考え方は誰にでも少なからずあると思いますが、当時の日本には中東のような石油とか資源はなく、海に囲まれて容易に侵略されない地形も助けになり、和を重んじて空気を読む国民性からもビンラディンのような人物は現れませんでした。

思うのは、歴史を学んでいれば、あの同時多発テロのようなことをしたところで、自分や大事な人が殺される、繁栄はしないという想像はできなかったのか。できていたけどそれでも宗教の教えの通りに行動すれば死んだ後うまくいくというような思想の問題なのか。

どうしても第二次世界大戦の日本の宣戦布告から終戦までの思想と照らし合わせてしまいます。

同じ、似ている、全く違うという意見は人それぞれだと思いますが事実と原因と結果をしっかり受け止めて人類は前に進んでいく。

また、明治維新後も日本という国を発展させるという大義名分のために、優秀で頭のいい先人達が今の豊かな日本の一員になったことを考えるともっと良くして次の世代に渡していかないとなと思います。

 

真剣にビジネス、仕事、組織運営をしていると考え方、価値観、大義名分の微妙な認識の違い、生理的な好き嫌い、力関係、派閥、グループなどなどいろんな事が絡んで衝突、バランスを失うなどの事がたくさんあります。

こういった人間模様を観察していると日頃の生活にも共通している部分がすごく多いように感じます。

 

結局、普段の私たちの生活も遠い国の紛争も人間としての本質とうか『人間』ってどこも一緒だなと思ってしまいます。規模や種類の違いはあれど。

これからも少しでもその辺をもっと追求していくのが面白いと思うので勉強勉強です。

 

 

 

 



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