交通事故にあった時の体験談とその後の人生に対する心境の変化

今回の記事は人に話しても暗くなるだけなので深くは話してこなかったのですが、

いろんなニュースをみたり、全国の交通事故の統計をみていると、まだまだ多くの当事者がいるなと思いました。(被害者と書かなかったのはそれは自分の考え方で変わるからです。)

もしかしたらこの体験談が1人でも、少しでも何かその人の役に立つかもしれないということで雑記として書きます。

ブログなのですがあまり拡散されても気持ちよくないので、矛盾はしてるのですが

読んだら少しでも前に向かえる人にだけ届いて欲しいなって思います。

昨日、2歳の女の子と母親が歩いているところに乗用車が突っ込んで女の子が亡くなったというニュースをみて、目撃者が母親が泣き叫んでいたと証言していたニュースをみて、、

どんな状況だったのかと想像すると、、、、言葉がみつからないです。

当時の自分と同じか似た気持ちの人が少しでも前に進めるならと思います。

2004年の8月に当時大学の研究室の先輩が天体観測をするサークルに所属していたのですが、

夜、先輩の持っている自家用車で先輩、私、サークルの後輩男性1人、女性1人の4人が乗車して出発しました。年齢は24才、21才、19才、19才でした。

私はサークルに所属していたわけではないのですが、たまたま研究室で実験中に先輩から

サークルで日本で有数の星が綺麗に見れる場所にいくという話を聞いてぜひ連れていって欲しいということでお願いしました。

当日はあいにくの雨だったのですが、到着する頃には止む可能性もあるということで約2、3時間かけて山梨県の八ヶ岳に向かいました。

山を登り始めて現地まで到着しましたが、結局雨は止んだり、止まなかったり、、、

結局雲ばかりで全く見えなかったので朝までいてもしょうがないということで帰ることになりました。

星が見えたら朝まで仮眠して出発していたかと思います。

帰る途中、コンビニに寄ってトイレをすませ、軽食を買いました。

コンビニに到着するまでの席順は、私が運転席から一番遠い左後ろに座り、先輩が運転、助手席に女の子、運転席の後ろに男の子が乗っていました。

そして、なぜだったか、コンビニを出発するタイミングで私と女の子が席を交換する事になり、私が助手席に座りました。

そしてしばらく南東方向に走った後、交差点で信号が赤だったので停車して信号待ちをしていました。

前に大きなトラックが並んでいて視界はよくありません。

先輩は車のガソリンを給油する必要があるということで、ガソリンスタンドを探していました。

交差点の対向車線沿いにガソリンスタンドがあったので、信号が変わるのを待たずに

ほぼ、”ヤマカン”で右にハンドルを切って加速した瞬間に対向車線から約10トン以上のトラックが突っ込んできて衝突しました。

私は寝ていたのですが追突する一瞬だけ目を覚まし、衝突後気を失って、救急車で運ばれて病院で治療をうける間もうる覚えです。

左側の顔面を50針ほど縫い、鎖骨を含めた左側の肋骨全てが折れるか、ヒビがはいり、左側の肺も潰れて3日間ほどはほぼ息ができず、人生で一番苦しい期間だったと記憶があります。

でも”生きて”いました。約1ヶ月で退院しました。

私と席を変わった女の子は内臓のダメージがひどく亡くなりました。

男の子も内臓の破裂があったのですが、偶然専門のお医者さんが当直で一命をとりとめ、

半年間入院しました。

先輩は軽いかすり傷ですみましたが、心の傷は最も深かったと思います。

女の子は一人っ子でした。初対面でしたがすごく性格がいい、素敵な女の子でした。

退院した後の私は今振り返ると自分でも信じられないほど気持ちが後ろ向きでした。

それまでも、今でもそうですが、人生に対していつも前進したい、知らないこと知りたい、行ってみたい、やってみたい、ワクワクしたい、楽しみたいというタイプです。

うつ病とか、自殺をする人は弱い人だと思っていたタイプです。

ところが、いざ事故に遭い、就職活動中で第一志望の企業の最終面接に行けなかったり、

顔の傷は一生元には戻らないと知った時は周りに嫌というほど愚痴っていました。

「死にたい」「人生を返せ」「なんで自分なんだ」「なんでだよ」「信じらんない」

言葉や文字にしても絶対に人には伝わらないのでなおさら強く感じてました。

今思えば両親や兄弟も本当にきつかったと思います。身内がそんな事になった経験ないし、

魔法でもかかったかのように性格と雰囲気が悪いというか暗くなるし、接し方がわからない。

それでも、なんとか受かっていた第2希望の会社の内定式へ顔に絆創膏を貼って参加しました。

未来にワクワクのはずなのにあの恥ずかしい気持ちは忘れません。

でも、当時の自分によく不貞腐れず行ったぞお前って言ってやりたい。

頭ではわかるんです。生きていただけ幸せ、手足がついて息ができて生活できるのって

なににも変えがたい幸せすぎることだって。でも感情が追いつかない。

亡くなった方やその家族の感情を想像したら贅沢言うなって。

本当その通りだと今なら思います。

もう先輩の連絡先もわからないのでこちらから連絡できないのですが、あの経験のおかげで自分の中では人生こんなにうまくいってます、成功してます。って言いたい。向こうからは連絡できないと思うので。

私は無宗教でスピリチュアルなこともよくわからないですが(神社のお参りとお寺でのお葬式は普通に行きます)部活で頑張って全国制覇した事、事故に遭って一生背負うものができた事

全部ひっくるめて、自分のカバンにつめて、人間として厚みと深みのある人間になれる。

自分の心に正直に前に進む事をちゃんとしてたら何かしら意味があって、点と点が繋がって意味があったんだって思うようになれました。人生無駄なことはない!

時間はかかります、間違いないです!すぐにはこんな心境にはなれるはずないです。

でも、自分の命をもっと大切に使おうって思えます。自分が今日死んでも後悔しないよう大事に生きる。亡くなった人が悲しまない、残念に思わない、恥ずかしくないように。

そのおかげで今では自分にも家族ができて、信じられないくらい人に恵まれて、いつも楽しませてもらって。結構私アホで、自分が一番勝手に楽しんじゃってますが。

遠くない将来、自動車が自動化になったり、安全性が増したりして、これまでのような事故が起こり得ない世の中になると思います。

そこで、なんでもっと早くこの技術、この世の中にならなかったんだよって思う気がするんですが、過去は良くも悪くも変わりません。

思いっきり人生を楽しむ、人の役に立つこと考えてたら自然と心のが自由になって、広く物事考えられるようになります。

自分の娘と奥さんが交通事故でなくなっても、他に同じような犠牲者がでないように色々な事に取り組んでいる方をみているとまだまだ自分にもやるべきことあるなと思うばかりです。

命の使い方を大切に!

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